全てを愛し許すとは?

すべてを愛し、許す

愛の実践

真理を探究する人にとって『すべてを愛す』というのは、生涯にわたって実践し続けることになります。この世は神一元で、それは愛一元だからです。隣人も自分だということに気付けますので、全てを愛すというわけです。

これと同時に『すべてを許す』という言葉もあります。元々、自他の区別というものはないのですが、自分も他人もすべて許すということになります。

では、犯罪やいじめ、他人を罵るなど、こういう人も許すんですか!?という人もいます。

『すべてを許す』という本当の意味は、不調和な行いは正さなければなりませんが、それをした人は許しなさいということなんです。『その人の罪を憎んで、人を憎まず』ということです。

ですので、犯罪やいじめなどは不調和な結果ですから、それは正す必要もありますので、調和な結果が得れるよう、どうすれば良いのかを考えていくだけなんですね。

ただ、このことは自分自身の心が調和した状態でないと理解はできないと思います。思考や観念といった頭ではなく、心の問題です。自分の心が不調和であると、人を許すことはできないんです。

愛というのは、言葉で説明するものではなく、愛というバイブレーション(波動)なので、自分がそのバイブレーションそのものになる必要があります。波動が違うと受け入れることが苦しくなるので、ここに書いていることに対しても批判的な思考がよぎってしまいます。

真の人生の目的を達成するために、難行苦行は必要ありません。強いて修行という言葉を使うのであれば、日常において『すべてを愛し許す』ということになります。これ以外の修行をする必要はないんですね。

その『すべて』というのは、人だけではなく、動物・植物・鉱物・自然界すべてです。人間の欲望だけで自然界を汚し破壊することは不調和そのものです。その動植物、自然界も自分ですから。

自分の内、心や意識が調和してきますと、そこには愛しかないと気付きます。そのためには、時には歯がゆい想いをすることもあるかもしれませんが、歯を食いしばり、手を握り締めてでも、愛し許すという実践あるのみです。

偽物の悟りはいくらでも得れますが、これを実践できる人のみが、本当の意味の悟りを得ることができ、苦悩から解放されていきます。他力本願ではなく、自力で内なる闇を克服するしかないのです。そのために人生、何十年という時間(寿命)を頂いてるわけですので。

必ず出来ます! やる前から出来ないと思ってる人は出来ません。出来るという強い意志があれば必ず成就できます。

すべてを愛し、許す。日々の修行として実践していきましょうね! そして、愛そのものになっていきましょうね!

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